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私の主張:日々の気づきや、アイデアなどを政治・経済にかかわらず樽床伸二の考えを綴って参ります。

【緊急対談】vs村井嘉浩(宮城県知事)
「変化への対応」を痛感し、再スタート
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」⑤
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」④
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」③
アーカイブ・8年前の今日の私  11月16日
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」②
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」①
アーカイブ・8年前の今日の私  11月2日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月26日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月18日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月17日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月3日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月2日
国家戦略としての放送コンテンツの海外展開⑧
アーカイブ・8年前の今日の私  9月29日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月28日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月27日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月26日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月25日

アーカイブ・8年前の今日の私  11月16日

「いじめ」「自殺」に思う

高校の必修科目未履修問題は、10/31に触れた。
そして、ここ最近「いじめ」「自殺」といった単語がマスコミに立続けに出てくる。
これらの問題は、根っこを同じくするものである。根底には「大学受験」が学校教育の中心になってしまっている学校制度、その基は「入るのが難しく出るのが簡単な大学制度」にある。
山に例えると、高い山は裾野が広くなければならない。富士山のようなものである。裾野は広くないけれども高い山は歪な形をしたものとなる。(観光資源とすればそれはそれでいいけれども)つまり、人間も同じであり、人として高い山になるならば、人としての裾野も広くなければならない。その広い裾野は、年齢とともにいろいろな経験の中で培われるものなのであろう。小さい頃に、まだ人としての裾野が狭い段階で、大学受験のための詰込教育を中心に行えば、精神的なバランスの取れない歪な人間になってしまう可能性が高くなることは当然であろう。
人としての成長に合った教育を子供たちに行うことが、全人格的教育になるであろう。そのためにも、まず「大学制度の見直し」に取り掛かる必要がある。

2006.11/16  樽床伸二

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