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私の主張:日々の気づきや、アイデアなどを政治・経済にかかわらず樽床伸二の考えを綴って参ります。

【緊急対談】vs村井嘉浩(宮城県知事)
「変化への対応」を痛感し、再スタート
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」⑤
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」④
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」③
アーカイブ・8年前の今日の私  11月16日
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」②
政治評論家・有馬晴海 「樽床伸二を語る」①
アーカイブ・8年前の今日の私  11月2日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月26日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月18日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月17日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月3日
アーカイブ・8年前の今日の私  10月2日
国家戦略としての放送コンテンツの海外展開⑧
アーカイブ・8年前の今日の私  9月29日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月28日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月27日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月26日
アーカイブ・8年前の今日の私  9月25日

アーカイブ・8年前の今日の私  10月26日

明治維新(4) 西南の役

西南の役は、明治10年の出来事である。明治維新は、この西南の役によって終わり、次の時代に入っていった。
西郷隆盛は、明治維新の負の部分というか矛盾と言うかを背負って、自らの命とともにそれを終結させた。一方、大久保利通は、権力という政治の武器を持って、それを葬ろうとした。それが、西南の役の歴史的意味ではないか。西南の役をもって新しい時代の最初の混迷は終わり、維新は完結したのである。それは両者が揃ってこそなしえたことであろう。そして西郷は自刃し、大久保は暗殺された。
改革には、常に犠牲が伴う。その犠牲を国民にのみ押し付けるのではなく、政治家がその犠牲になることがなければ達成されない。
そのことを肝に銘じていきたい。

2006.10/26  樽床伸二

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